１９９１年 日本
監督・企画・脚本 北野 武
主演 真木 蔵人 大島 弘子

　海だ。もちろん誰の物でもない。主人公の青年はこの海にあこがれる。そして少しでもその海が自分のものにならないかと思う。拾ったサーフィンはそれを唯一可能にしてくれるもの。そして、その「海」は彼と彼女の「あの夏、いちばん静かな海。」となる。

  主人公の彼女と彼は耳が不自由。耳も聞こえずことばもしゃべれない。大声で笑わないし、ましてや怒りもしない。それゆえかあまり彼らの感情が見えてこない。ただひたすら二人で歩いているだけのような気もする。しかし、その二人から垣間見る会話。聞こえないのに感じる。これはすごいことだ。「映画」というもので「二人の会話」がわかるなんて。あの『名もなく貧しく美しく』でさえ、さかんに手話で会話を聞かせていたではないか。実を言うと初めの彼ら二人が笑いあったのを見たとき思わず泣いてしまった。二人があまりにしあわせだったから。物語はこの二人を中心に、大笑いで終わるはずのギャグでさえ会話もほとんどなく描かれる。笑い声で終わるはずの事でさえ静かだ。ましてや『音』のない世界にいる二人の間はもっと静かに違いない。彼女の中に残っている「海」は永遠に「あの夏」なのだろう。

　単純にいえば、この『映画』は映画館でしか見てはいけない『映画』かもしれない。『音』しか見えない映画は、ＴＶでは写せないし、この監督の前作の『暴力』しか見えない映画はこれもまた、ＴＶでは放映できない。

　私達がこの映画を見て、感じたり思いたい事でさえ『音』のない世界に消されてしまう。ただ、二人の笑顔とたくさんの人の感動と一人の悲しみしかない。

シネマ見聞録

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